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川田まみ「PARABLEPSIA」インタビュー

——5枚目のオリジナルアルバム『PARABLEPSIA』が完成しましたね。
 今作はこれまでのアルバムで、最も濃密な時間をかけて出来上がった作品になりました。高瀬(一矢)さん、中沢(伴行)さんらI’veの制作陣みんなで毎週必ず集まって、お互いのデモを聴いてはみんなでディスカッションし、翌週にまたデモを持ち寄っては意見を出し合って。ひとり東京にいる舞ちゃん(井内舞子)にも毎回スカイプで参加してもらって、いつになくスケジュールを守りながら、とことん突き詰めた制作ができたと思っています。

——それはいつもと違う作り方だったのですか?
 まったく! 今までは分業制というか、曲の担当が決まって一度打ち合わせをしたら、それぞれが独立して作業を進めていくのが通常でした。それでいっつも作業が遅れがちで、スケジュールがギリギリになっていて(苦笑)。今回は視聴音源がHPに上がるのとかが早かったでしょ? やればできるじゃん! I’veにとってこれはすごいことなんです(笑)。

——制作陣とはどんな会話を?
 今作には「E.M.R」というコンセプトがありまして。

——「E.M.R」とは?
 「Electric. Mami Kawada. Rock」の略ですね。実は今回のアルバム制作は3年前のシングル「Borderland」が起点になっていて。打ち込みのデジタルサウンドとロックの融合は昔から変わらない私の音楽性で、そういう曲はこれまでにもたくさん作ってきたんですけど、「Borderland」をシングルで出したときに、改めて「これこそが川田まみの音楽だ」と確信させられたんですね。だから今回のアルバムでは「Borderland」を基準に「Electric」に寄せたり「Rock」に寄せたりしていきながら、“E.M.R”をさらに極めよう、I’veの制作陣を含めた私たちの集大成にしていこうとなったんです。

——「Borderland」は川田さんの代名詞的な曲になりましたものね。
 すっかりライブの定番曲になって、DJさんとのクラブイベントのときも盛り上がってもらえるような曲になりました。本当にたくさんの人たちに認めてもらえている気がします。

——ライブがガールズバンド編成に変わったのも「Borderland」のタイミングですね。ご自身でギターも持つようになり
 だいぶ以前、「Get my way!」という曲でギターを弾いたことがあったんですけど、本格的に始めたのは「Borderland」からですね。当初はまるで中学生になったかのようにずっとギターの練習をして、青春みたいで楽しかったです(笑)。ガールズバンドでライブをやるようになって、大きく変わったのは気持ちの面でした。ガールズバンドを率いることで、ストイックでクールな川田まみのアーティストイメージに“姉さん”的な要素が加わって、責任感みたいなものが芽生えて。若い子たち(笑)と一緒に仕事をする機会が増えて視野が広がったというか、自分の中の視点が変化した感覚ですね。

——音楽に対する姿勢が変わった?
 ギターを持って音楽の楽しみ方が急激に変わりました。私はずっとI’veに所属して札幌に篭って活動を続けてきましたけど、そうやって同じメンバーで音楽を作り続けていると、どんどん音楽が“お仕事”になっていくというか、音楽を楽しむ姿勢が薄れていってしまう感覚がどうしても生まれてしまうんです。もちろんそれこそが“経験”というものであって、良い点もたくさんあるんですけど、若い子たちとスタジオに1日中入ってリハーサルとかしていると、初心に帰るというか、若い頃を思い出しちゃったりして。

——もうひとつ、DJとのコラボステージを始めたことも、この3年間の変化のひとつですよね?
 そうですね。クラブシーンとの接点が多くなって、私がDJさんと一緒にパフォーマンスするようになったのもそうですし、高瀬さんと中沢さんがHARD STUFFとしてイベントに積極的に出演するようになったことも大きな変化ですね。そうやって現場の経験が蓄積されていくことで、私たちのサウンド作りにVJとの関わりやフロアのお客さんのことを見据えた視点が増えていった気がします。

——実は今回のアルバムを聴いて、「これは踊れるな」というのが第一印象でした。
 みんな好きなんですよ、そういうのが(笑)。I’veにはI’veのダンスミュージックのルーツがありますけど、今作は今風のクラブサウンドも積極的に取り入れようとなって、実はデモの段階ではどの曲ももっとイケイケでした。そこからそれぞれの音のカブリとかをなくしてバランスを取っていくなかで、川田まみらしさをうまく出していけたなと思います。

——さて、そろそろ中身について伺いたいのですが、タイトル『PARABLEPSIA』は“錯視”という意味ですね?
 錯視とは、脳が錯覚して動かないはずのものがぐるぐる動いて見えてしまう現象のことなんですが、この“錯視”という言葉がアーティストを続けてきて最近思うこと、大人になって後輩たちと一緒に仕事をするようになって感じるようになったことにピッタリだなと思って。

——するとタイトル曲「parablepsia」の歌詞が、今アルバムのテーマを物語っているのでしょうか?
 今までは「seed」(1stアルバム『SEED』収録)とか「portamento」(2ndアルバム『SAVIA』収録)とか、1曲だけでアルバム全体のことを表そうとしていたのですが、今作はこの「parablepsia」だけでなく、いくつか複数の曲でそれをやっています。「parablepsia」で書いたのは、世の中はぐちゃぐちゃしていて自分のことを見失いがちだけど、騙されるな! っていうメッセージ。私、若い頃は歌手でもなんでも長く続けていくことで、可能性は無限大に広がっていくと思っていたんです。大人になればなるほど、いろんな景色が見られるようになると思ってた。けど実際は、見えることも増えるけど、見えないことも増えてくるのが大人なんですよね。

——大人になって自分の進む道を決めるということは、もしかするとあったかもしれない別の道を閉ざすことでもありますものね。
 そう、急にシュッと自分の未来が狭まっていく感覚があって、年を重ねるということは道を狭くしていくことなんだなって思った。私という人間の個体はずっと一本道を進んできたつもりなのに、世の中のほうがぐるぐる回っていることで、いつのまにか道を見失ってしまっているかもしれないという不安に駆られることがあって。

——“trick me !”“torick you !”というワードが強烈です。
 だからこの曲では、そのぐるぐると回って自分を騙そうとする世の中に負けないで、その向こう側にある未来へ進んでやるぞってことを書いています。そのためには騙されてばかりいないで、逆に世の中を騙すくらいの覚悟がなくては。後輩と一緒に仕事をするようになると、頑張っていればいいことがあるって私自身が証明しなきゃいけないヘンな責任感みたいなものが出てきて、いいことばっかりじゃないけど、前に進まなきゃ何も始まらないってことを言いたくなるんですよね(笑)。私自身、生きていれば不安もありますけど、例えば「Borderland」を機に、ちょっとした見せ方ひとつでパーッと世界を変えられた。私の音楽性は昔から変わっていないのに、様々な新しい経験ができた3年間だったので、その両方の立場を見せたいなと思って。

——高瀬さんの手によるサウンドは幻想的な仕上がりで。
 ぐるぐる回るような万華鏡のイメージ。サビでパーンと世界が変わって幻想パラレルワールドになった感じがして、このアルバムの1曲目にぴったりだなと思います。テンポが早すぎないところもちょうどいい。この世界観へようこそ! という雰囲気ですね。

——では“錯視”のテーマが色濃く出ている別の曲となると……「fly blind」が目に関するタイトルになっていますね。
 私が今感じている私が詰まっているのがこの曲です。「fly blind」は元々専門用語でもっと別の意味があるのですが、ここでは直訳の「盲目飛行」で詞を書いています。人って生きていたら世の中のことが気になってすぐに周りに影響されてしまうから、もっと目を閉じて「私にはこれがある」と信じて前に進まないと一生後悔するぞっていうメッセージですね。

——ここでも「parablepsia」と同じメッセージが語られるわけですね。
 それよりもっと私の弱さみたいなものが現れていると思います。「parablepsia」はこのアルバムの世界観全体を歌っている気がするけど、「fly blind」はもっと私個人のことを歌った気がしますね。尾崎武士がとんだ青春野郎でね、胸キュンなギターリフをやってきたんですよ。それに感化されてしまって、清濁併せた自分の正直な気持ちを書いてしまおうと。

——サビ前に入るメタル調のリフですね。
 A・Bメロでは淡々とカッコつけてる自分がいるんですけど、このリフがきっかけでぐるぐるしながらパラブレプシアの世界に落ちていくんですよ。で、サビで飛ぶ! みたいなイメージですね。

——「Eager Eyes」も目に関するタイトルです。
 そうですね。よりアルバムのテーマを鮮明にしたくて、「私の視点」ということを意識して歌詞を書いて「鷹の目」となりました。これは「Bordeland」にいちばん近い存在で、私の音楽性のど真ん中。“アーティスト川田まみ”像に忠実に作った曲です。「攻めに攻めてやろう」「狙ってんぞコラ」っていう攻撃性のあるサウンドで、さすがの中沢さん、川田まみのアルバムでこれをやらずに何をやるのって曲になりました。だからこそ歌詞も喰らいついてやるって気持ちをむき出しにしたいなと思って。

——サウンドは「Borderland」よりも少しフロア感が増していますよね?
 そうですね。ちょっとDJでアガれるサウンドは意識しました。

——肉食女子の雰囲気が出ているのかなと。
 それ褒め言葉ですよね?(笑)。ある意味この曲は次の世代に「食えよ」って伝えるためのものなんです。この3年間、後輩の子たちと一緒になる機会が増えて楽しかったと話しましたけど、当然、下の世代の子と仕事をすれば「今どきの若いものは」という気持ちを抱くこともあったんです。私たちは上の世代、大人が作ってきた世の中を生きているんですね。私はもうその中間地点にいて、作られた世の中を生きているし、作ってきてもいる。だからこそ若い子に「こういう生き方もあるんだぜ」っていう強さみたいなものを示したくて。

——“喉の奥が熱い”“胸の奥が熱い”と繰り返しています。
 生きるって熱いんですよ〜。キテるキテる〜って(笑)。

——それでいくと、「Replica_nt」は真逆のメッセージ性がある曲になりますね。
 人造人間になり切れなかった人間の歌ですね。ロボットが人間化していくんじゃなくて、人間がロボット化していくイメージで書きました。これは今作でいちばん最初に作詞した曲です。自分の迷い、ぐるぐると回る世界に対していちばん悩んでいた時期に書かれた言葉で、人間、どうせ世界に翻弄されるなら、ロボットみたいに感情を失くしたほうが楽になるかもっていう毒や闇が吐き出されています。

——“道化の笑顔と左目のウィンク”は非常に深読みしてしまう歌詞ですね。
 高瀬さんもびっくりしてたんですよね、こんな詞書くの? って。アーティスト活動を10年以上もやらせてもらえて、当然ハッピーなんですけど、やっぱり少しずつ自分の中の道が狭くなってきている感覚に陥ることがあって。この詞を書いた頃はすごいディープゾーンに入っちゃっていたんだと思います(笑)。ここまで救いがあるようなないような内容を書いたのは初めて。でも、これも紛れもない私の事実だなと思って書ききってしまえば一気にスッキリしました。こういう面も見せることで、これまで歌ってきた、そしてこのアルバムでもメインのテーマになっている「でも頑張ろうね」というメッセージが逆にリアルになったというか。カッコつけずにカッコつけられるようになって、2曲目以降の歌詞がすごく楽に書けました。

——そんな「Replica_nt」の次の曲が、「It’s no big deal」というのも面白いですね。
 訳すと「たいしたことないよ」ですものね(笑)。これは最初からこうしたい! っていう曲のイメージがはっきりあって、(井内)舞ちゃんなら得意かなと思って作ってもらった曲です。

——今作で最も明るいサウンドです。
 唯一と言っていいポップナンバーですね。逆にアルバムのイメージから離れすぎないように気をつけたくらい。I’veの制作って、全部曲が先で詞はあとなんですけど、この曲だけは1番の歌詞を私が先に書くという初めての経験をさせていただきました。私に完成形のイメージが強くあったぶん、舞ちゃんからの提案でやってみたんですけど、音のないところから言葉を紡ぐことのいかに難しいことか。今までの私の作詞がどれだけみんなの音に助けられていたのかよくわかりました。

——これはライブで相当盛り上がるんじゃないかと。
 昨年、KOTOKOさんライブで「覚えてていいよ」を聴いて泣いてしまったんです。そして私にもほしいと思った。あんなふうにファンのみんなに寄り添って、優しい気持ちになれる曲が作りたくて、私なりのアプローチで「たいしたことないよ」っていうメッセージを形にしていきました。歌詞には“ママ”ってあるけど、実はこの「たいしたことないよ」は私の父の口ぐせなんです。いきなり父が出てくると曲にオヤジ感が出ちゃうので“ママ”にしましたけど(笑)。正確には「たいした問題じゃない」なんですけど、昔からそう父に言われるたびに、意外に安心できていた記憶があって。その感覚がこの曲には込められています。

——『PARABLEPSIA』の世界を締めくくるラストの「Dendritic Quartz」は、どんな曲なのでしょう?
 これは1stアルバムで歌った「seed」に対するアンサーソングになっています。10年前、まだ若かった私は「私はまだ何も知らない無知の種です」「その種をまいて永遠の花を咲かせる」と歌っているんですけど、あれから時が過ぎて、あの種はどうなったのかな? と思って。結局この曲は自分の願望でもあるんですけど、「枯れない花を永遠に咲かせるんだ」という想いが込もっています。今の私にもまだ無知な部分がたくさんあるけど、無知でないところもあって。だからあの頃の何も知らないがゆえのエネルギーはもしかすると消えてしまっているのかなと思うけど、「咲き続けたい」という心はあり続けている……こういう気持ちを表す言葉を探しているときに、「Dendritic Quartz」というアクセサリーに出会って。(自分の胸のペンダントを指して)これなんですけど、模様が樹木みたいでしょ? この永遠に枯れない樹木を内に閉じ込めた石を見て、これだ! と思ったんです。

——曲中にはダリアという花も出てきます。
夏のお花です。このアルバムのリリースが秋ということで、夏の花だってまだ元気に咲き続けたいと思っているという意味を込めました。このダリアがもしかすると若い頃の私だったり、今一緒に仕事をしている若い子たちだったりを指しているのかもしれませんね。

——ダリアの花言葉は感謝・愛情です。これにはやはり、メジャーデビュー10周年という今の状況も影響したのでしょうか?
『PARABLEPSIA』は10周年を記念したアルバムではないですけど、やっぱり意識しましたね。ただただ夢とか希望というものに向かって突っ走ってきた10年でしたけど、当然苦しい時期もあって。私も含めてI’veのみんなも、いろいろ変わったし変わっていないところもいっぱいあるよな〜というのが今の正直な気持ちですね。今まで生きてきて、いいことも悪いこともたくさんあった私が見てきた世界というものは、なかなかひとつの言葉じゃ片付けられないところがあって。人生がキラキラになるかドロドロになるかは、考え方や捉え方次第なんだなって感じ続けた自分の中の心の変化を詰め込んだのが、『PARABLEPSIA』という作品です。

——気分ひとつでものの見え方って変わりますからね。
常に私たちはパラブレプシアの世界にいるってことです。どちらかと言うとストイックな曲がそろいましたけど、私も若手ではないですから、自分の音を極めた作品が作りたくてそうしました。けど、気持ちひとつでまだまだいろんな世界を見られるな、自分が変われる可能性はやっぱり無限だなってことも言いたくて。この一筋縄ではいかない世の中というものを、少しでも皆さんと共有できればうれしいですね。


interview&text by 西原史顕






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